賠償責任制限条項のあり方

企業法務

どうもお久しぶりです笑
更新も止まり失踪疑惑がありましたが生きています笑

日常業務の忙しさ、プライベートでの資格取得、在宅勤務が増えたことで家事時間やトレーニング時間が増加しブログやツイッターから遠ざかっておりました。

長きにわたる眠りから目覚めた今回は、最近私がよく見かけるいわゆる賠償責任制限条項について取り上げます。

最後までご一緒していただければ幸いです。

債務不履行責任と損害賠償の範囲について

債務者が債務の本旨に従った履行をしない場合、債権者は債務者に対して債務不履行によって生じた損害の賠償を請求することができます(民法415条本文)。
(2020年の民法改正によって、債務不履行に債務者の帰責事由が必要であることが消極的要件になったことは要チェック(民法415条ただし書))

メーカーAが製造した冷蔵庫が、商社Bを介して家電量販店C、そして精肉店Dの手に渡った場合を考えます。
「債務不履行によって生じた損害」を単に条件関係、すなわち「あれなければこれなし」で判断すると、冷蔵庫に不具合がなければDの買ってきた肉は腐らなかった⇒肉が腐らなければ地域で食中毒が起きなかった⇒食中毒が起きなければお肉を買ったGさんは商談に欠席しなかった…などの関係性が認められ、Aが負う賠償義務の範囲が無限に広がってしまいます。
このような状況になると、あまりにも過大な賠償責任を恐れて誰も経済活動を行いません。

よって、民法416条では、債務者が賠償すべき損害は、債務不履行によって生じた損害のうち、当該不履行と「相当因果関係」のある損害に限るとして、賠償の範囲を制限しています。

この「相当因果関係」がある損害には、債務不履行によって社会通念上、通常生ずべき損害として賠償範囲に含まれる「通常損害」(民法416条1項)と、当事者が債務不履行時に予見可能であった損害(予見すべき損害)である「特別損害」(416条2項)が規定されています。

民法416条
①債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
➁特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

損害賠償=金銭の支払いというわけですが、実際の取引で債務不履行が生じた場合は必ずといっていいほど、賠償する損害の範囲でもめます。
前述の民法416条に定めがあるはずですが、これがわかりにくい。

「通常生ずべき損害」ってなんぞや?笑

製造業における企業間取引では、顧客へ支払った損害賠償費用や、不良のあった製品の回収費用などはメーカーが当然に負担すべき費用として通常損害に該当するでしょう。
ただし、こうした損害ですら交渉の場においては「通常損害だ」「そうじゃない」と争いになり、両者折半で負担する結果に落ち着くといった様を見ることが稀に良くあります。

結果痛み分けとなる事態を避けるため、企業間取引では契約上、損害賠償の範囲を制限することがよくあります。

賠償責任制限条項

契約書上に置かれる賠償責任制限条項によくあるパターンは次の2通りかと思います。

甲および乙が本契約および個別契約の不履行により相手方に対して負う損害賠償の金額は、○○を上限とする。

甲および乙が本契約および個別契約の不履行により相手方に損害を生じさせた場合は、相手方に直接かつ現実に生じた損害を賠償するものとする。

①のパターンは、契約金額を損害賠償の上限とするなど、明確に金額で賠償範囲を制限するものです(厳密にいうと「賠償の範囲」の話と「賠償の額」の話は別の問題ですが、便宜上ここに入れます)。

➁のパターンは、明確に金額で制限するわけではなく損害の種類に応じて賠償範囲を制限するものです。特に「直接かつ現実に生じた損害」などの文言は皆さんよく目にしますよね。

「直接損害」・「間接損害」などの文言

契約交渉の際、前述➁のパターンに出くわすたび、「直接損害」、「直接かつ現実に生じた損害」などグーグルに打ち込んでいませんか?笑
(ハドリー対バクセンデール事件判決だけ妙に頭に残っている人も多いことでしょう)

「直接かつ現実に生じた損害」とは、「直接損害」と「間接損害」などの英米法の概念に派生した文言かと思われます。
どのような経緯で流行っているのかわかりませんが、日本においてはよくプログラム作成などにおいて用いられるのではないかと思います。
要は、「発生する機会損失等は賠償の範囲外とします」的ニュアンスだと思います。

文理上は、間接的または現実に生じていない損害であれば、賠償の範囲から排除されそうに見えるため、とりあえず賠償の範囲を制限したいときに用いられるのではないでしょうか。

実務上のやり取りについて

契約書の交渉において、かような文言が登場した際、どのように修正交渉していますか。
私は、前述したプログラム関連の契約では致し方ないと思い、特に修正はしません。
「ただし、当該損害が乙の故意または重過失による場合はこの限りではない」など付け加えることはありますが。
プログラム等は多少エラーが出たり、他のシステムとの兼ね合いや導入環境で不具合が生じることも往々にしてある半面、不具合で生じる機会損失も莫大なものなので一定の合理性があると思います(もちろん、契約内容によることは言うまでもありませんが)。

しかし、製造委託でかような文言が登場した際はかなり注意しています。

まずは、文言について相互の認識がズレていないか確認する必要があります。
「直接損害」や「間接損害」などは英米法上の概念であり、日本法の枠組みに直ちにあてはめられるわけではありません。
検索すればわかりますが、弁護士監修記事等でも「直接損害」=「通常損害」、「間接損害」=「特別損害」的なニュアンスではないかと解説されることがある程度で、それが通説でもなければ判例でもありません。ましてや無資格の企業法務どうしのやり取りでは双方に文言について認識のズレが必ず生じます。

ですから、このような文言が用いられた際は、「直接損害=通常損害という趣旨ですか?」でもよいので、担当者にヒアリングすべきです(まぁイコールととらえているならわざわざそんな規定は置かないと思いますが…)。

認識のズレや概念の不明確さを煙に巻いて、条項押し付ける=自社が負いかねない損害賠償範囲を制限しておこうという意識が垣間見えます(製造委託で自社が受託者のときにこのような文言を見る機会が少ないことが証左ですよね…)。

製造した製品に、自社に帰責性のある不具合があれば回収やユーザーへの賠償は当然に行うべきだと思うんです。道義的に。
こうした文言を当たり前にぶつけてくる会社は「自社製品に責任を持ちたくありません」といわれている気がして正直気分が良くありません。
(もちろん、契約内容でクレーム対応まで委託している場合は除きますし、それぞれの事情があるのだと思いますが)

文言削除を依頼した際に、「損害の範囲を明確化するための規定なので削除不可」などの理由で修正拒否されることが多いですが、これ理由になっていないと思うのは私だけでしょうか……
このような制限条項を設けたとしても、損害発生時には「直接損害」等の概念について、さらに損害がその概念に当てはまるのか2段階について協議を重ねることになるのでなんら賠償範囲の明確化や事前のリスク回避ができていない気がします。


無駄に不明確な概念を用いるくらいなら、前述の①パターン、すなわち損害賠償の上限額を制限するべきだと思います。両社の予測可能性もたちますし。
または、日本法の概念に則り「特別損害については、当事者の予見可能性の如何によらず損害賠償の範囲には含まれないものとする。」と明記すればよいのではないでしょうか。

契約交渉は最終的には企業間のパワー差で決まりますから、どうしても先方記載の賠償責任制限条項が排除できない場合は、個別に「○○といった損害が生じた場合は、賠償の範囲に含まれますか?」とメールベースでもよいので相手方に質問し、賠償に含まれる範囲を少しでも広く認めさせる努力をすべきです。
不明確な文言であっても、一定程度賠償範囲を制限する意図があること、納得して契約をしたことにはなってしまいますから。
根気よく交渉することが大切です。

おわりに

以上、本日は賠償責任制限条項について書かせていただきました。

以前からストレスがたまっていたトピックですので、共感いただけると嬉しいです。
特に、資本力の小さな企業は、原料メーカーや大手部品メーカーに➁パターンのような不明確な条項を押し付けられることも珍しくありません。
文言削除を受け付けてもらえないことも多いと思うので、せめて先方担当者からウザがられたとしてもメールベースで損害に含まれる範囲を広げたり、範囲の明確化に努めてくださいね。

英米法の勉強をしたわけではありませんし、ましてや民法の相当因果関係の説明もあやふやで本を見返したくらいなので、おかしな点があればぜひ修正していただけますと幸いです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
引き続き当ブログをよろしくお願いいたします。